発起人の想い/多弁Be子
『40年前のとある小児科医のつぶやき』
66歳、宝塚市在住、子供三人(息子・娘・息子)と孫を持つオカンです。
まずは長男の膠原病について長男が3歳の頃(1970年頃)、仕事を持っていた私は乳歯が虫歯になっていることを知りながら、歯科に連れて行ってやる時間も無い忙しい毎日を過ごしておりました。
やっと夏休みに入り気になっていた虫歯治療に連れて行きました。
それが事の始まりでした。
口の中にいた容連菌が血液の中に入りました。
それから暴れん坊だった長男が体力を失くしていきました。
折りもおり、鯖にあたって身体中の蕁麻疹と高熱に悩まされ、その直後、幼稚園の運動会の日に家に帰ってくるとグッタリしておりました。
40℃近い熱、関節の痛み、とりあえずかかりつけの小児科に駆け込みました。
抗生薬をもらってひとまず三日ぐらいで熱は治まりましたが、安心したのはわずか一日、また五日目から40℃以上の高熱になり、再度小児科へすぐに医師は血液検査をしてくださって(リュウマチ熱)これはあくまで仮の病名とのこと。
自己免疫の役目が逆になって外から入ってくる病原菌を助けるというやっかいな病気とのこと。
一年をかけてなんとか副腎皮質ホルモン剤で正常値までもっていきましたが、病がひとまず治まった時。
『小児科と耳鼻咽喉科がもっと連結しないといけない』のだと…。
たいていの親は高熱をだし喉が赤くなると扁桃腺炎と思って耳鼻咽喉科に行きモタモタしているうちに手遅れになり腎盂炎、心臓弁膜症等、一生慢性病として背負う病になるとのこと。
息子もたった一日遅れていたら一生病に苦しめられていましたが、M先生のおかげで事なきを得ましたが、「二十歳までウイルス性の病気になりません」という言葉の影にはいかに強い薬を飲まざるを得なかったということですが、薬と小児科の医師のあくなき努力のおかげとしみじみ感謝している次第です。
次回は『名医と出会うコツ』を一席。